ようやく重い腰を上げる事にしました。
この日記には書かず、それとなく隠し続ける事もできたでしょうが
そんな事する必要も無ければ、理由だってありません
NS-1を処分する事にしました。
どうしてNS-1の復活作業がまったく進んでいなかったのか
勘の良い人は気付いていたでしょうね
フレームを塗装しようと考えなければ見つけることができなかったでしょう
エンジンハンガーや溶接各所に入った細かなクラック。
それらはもうあのフレームが限界に来ていた事の何よりの証拠でしょう
新しいフレームの購入も当然考えましたが
それは果たして自分のNS-1と呼べるのか?
エンジンも違う、スイングアームも、カウルも、各所のステーも。
細かい消耗部品はもちろん、
乗り続けていれば「オリジナル」のパーツは失われていく物です
でもフレームが変わろうが、エンジンが変わろうが、
これこそが「自分のバイク」だと思い続けることができれば
それは間違いなく世界にただひとつ「自分のバイク」なのでしょう
でも僕にはそんな風に思う事ができませんでした
この状況下において初めて気付いた事は
僕はNS-1ならば盲目的に愛せるわけじゃなくて
「自分のNS-1」が好きだったんだって事。
でも実のところ自分でも気付いていましたよ
NS-1を復活させても、僕の思い描く未来は実を結ばないんだろうって。
僕があのNS-1を持ち続けるのは、高校生時代から今に至るまでの
思い出と感傷を掬い上げるためにしかならないって事
それでも僕はNS-1に乗り続けようと思ってました
「N1いい加減に処分すれば?」
と何度言われても頑なに拒み続けたのは
あのフレームがまだ生きているという思いがあったからでしょう
そんな思いも崩れさってしまった
何でもっと早く気付けなかったのか?
他の事に気を取られ過ぎていたからに違いないのですが…
"それならもう持っていても仕方ないじゃないか”
と、頭では理解していても、心のほうがそれを受け止めようとしない
悩む日々に結論をもたらしたのは先日のKSR耐久でした
バイクって一人で走るものだけど
こんな風に仲間と手を取り合って走る事もできるって
その為に必要な物を手に入れたいと心底思えたのです
結局おまえはNS-1を捨てるんだろ、という批判もあるでしょう
その通りです
僕は次のもののためにNS-1を切り捨てるのです。
本当は…胸中、NS-1への未練と罪悪感でいっぱいです
走れば走るだけ転んでばかりで、
まともに走らせることもままならないばかりか
メンテナンスだってまともにしてあげられなかった
挙句にフレームまでボロボロにしてしまった
友人に相談するふりをししてみると
こんな言葉が返ってきました。
「妥当だと思うが寂しいな、おの君といえばライムグリーンのNS-1だから」
そういえば別の友人も言っていたっけ
「俺が高校の時、黄緑のNS-1ってクラスで話題になったんすよ」
「それで黄緑は俺が倒す!とか言ってたんすよ」
僕のNS-1の事を覚えててくれる人は僕意外にも居るみたいで
それは少し嬉しい事かな
「未練はあるかもしれねーけど、悔いの無いくらい乗ったなら良いんじゃねぇの」
そんな風に言って貰えると僕も少し救われます。
恐らくもう二度とあのNS-1とは出会えないでしょう
部品単位でバラバラにして、フレームは廃棄処分になります
あの日KKWの最終コーナーで砕け散るまでの約5年間
ほぼ毎日、雨の日も雪の日も
初めてエンジンを弄繰りまわしたのも
初めて膝擦りを見て驚いた時も
サーキットに僕を誘ったのも
今の友人達との出会いの時も
辛い時も、嬉しいときも
常に傍らにいたのはこのNS-1でした
NS-1が無ければ、僕を慕ってくれる後輩たちも、
僕とともに走ってくれる友人たちも、
僕を導いてくれる師とも
だれ一人として出会う事はなかったでしょう

ごめんな



